大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成6年(ワ)3452号 判決

原告

松村明

被告

太田敬弘

主文

一  被告は、原告に対し金三二八六万七八二二円及びこれに対する平成元年七月四日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その四を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し金八〇〇〇万円及びこれに対する平成元年七月四日より支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機のある交差点を右折しようとした普通貨物自動車と同交差点を直進してきた自動二輪車が衝突し、自動二輪車を運転していた原告が傷害を受けたとして損害賠償請求した事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(1) 発生日時 平成元年七月四日午前七時五〇分頃

(2) 発生場所 大阪市城東区蒲生三丁目一五番三号先路上

(3) 関係車両

原告運転の自動二輪車(なにわら六三六〇、以下「原告車」という。)

被告運転の普通貨物自動車(大阪四六み五四九七、以下「被告車」という。)

2  責任

被告は自己のために被告車を使用し運行の用に供していたものであり、自動車損害賠償保障法第三条の責任がある。

3  損害の填補

原告は、自賠責保険から後遺症補償金として一三七一万円、被告から治療関係費として二九万九一八七円、休業損害として八〇九万七八四七円の支払いを受けた。

第三争点

一  過失、過失相殺

1  原告の主張

被告は右折するにあたり、直進する車の動静に充分注意しなければならない義務があるにもかかわらず、漫然と右折した過失がある。

2  被告の主張

原告が法定速度を守り、上手に避けていれば事故にならなかつたにもかかわらず、高速度で交差点に進入し、原告車を避けようとして自ら転倒して被告車と衝突したものであり、本件事故は原告の自招事故である。

仮に被告に何らかの過失があるとしても、原告の過失と比較すれば微々たるものであり、大幅な過失相殺がなされるべきである。

二  損害額、特に逸失利益について

1  原告の主張

原告は事故後職場である近畿日本鉄道株式会社(以下「近鉄」という。)に復職しているが、従前の仕事はできず、閑職である資材係に配属されており、原告の勤務する会社は、職階別年俸で定期昇給分が定められているが、原告は本件事故のため最低の昇給であり、今後助役や区長への昇進は望めなく、また、原告の症状から、今後継続して現在の職場に勤務し続けることは困難である。

2  被告の主張

原告は退院後、勤務先である近鉄に復職し、給与は全額支払いを受けているようであり、そうすると労働能力の減退にもかかわらず、休業損害や逸失利益が発生しなかつた場合に該当し、損害賠償はできないということになる。ことに近鉄は、福利厚生が厚い会社として有名であり、原告が後遺障害のため将来の昇進、昇級、および転職で特別の不利益を被る可能性はない。

第四争点に対する判断

一  本件事故の状況

証拠(甲一の一、一の二、六、七、検甲三五ないし四七、原告、被告各本人)によれば、以下の事実が認められる。

本件事故現場の道路状況については、本件事故の刑事記録が廃棄されているので正確を期し難いところがあるが、被告作成の平成六年一一月一一日付準備書面添付の事故現場見取図(以下「見取図」という。)、検甲三五ないし四七によれば、以下のとおりである。

本件事故現場は、東西方向の国道一号線(以下「東西道路」という。)と南北方向の道路(以下「南北道路」という。)との交差点(以下「本件交差点」という。)で、信号機が設置されている。東西道路は直線で見通しは良く、速度規制は、事故当時は時速四〇キロメートルであつたと推定される。

被告は、東西道路を東から北に右折しようとして本件交差点に進入し、原告は、東西道路を西から直進して、本件交差点に進入した。被告は、右折するについて見取図の〈1〉地点から〈2〉に進行し〈3〉地点で停止して西から進行する車を見たところ、約八〇メートル西を東に進む原告車を見たが、原告車が交差点に到着する前に右折可能と判断して右折発進したところ、原告車が高速度で交差点に進行し、被告車を避けようとして横転して、〈4〉地点で被告車の左前部に衝突した、と主張する。

しかしながら、〈3〉地点から〈4〉地点までは三メートルであり、被告は、〈3〉地点で原告車を約八〇メートル先にみて右折進行したと供述しているが、僅か三メートル進行する間に原告車が八〇メートルも進行するほどの高速度で走行していたとは認められなく、被告の右供述は信用することができず、被告は西から進行する原告車について充分注意することなく右折したことが認められる。

他方原告は、東西道路を西から交差点に進行するについて、交差点まで一〇〇メートルの距離で被告車を見たが、原告車の前方を行く自動車が通り抜けると同時に動きはじめて右折をし、その距離が三〇メートル位しかなかつたので急ブレーキをかけ原告車を左に倒して転倒した、と供述している。

原告車のスピードについて、原告は、車の流れに沿つて走行していたので、制限速度である時速四〇キロメートル以内であつたと供述し、被告は、原告車は時速六〇キロメートルか七〇キロメートルの速度であつたと供述しているが、被告は、〈3〉地点で原告車を見たとき右折できると判断して進行したというのであるから、原告車のスピードが高速度であれば原告車が通り抜けるのを待つものと思われ、被告の供述は信用できず、原告車のスピードは通常もしくはやや速い程度であつたと推定される。

二  過失、過失割合

以上認定した事実によれば、被告は本件交差点を右折するにあたり、西から進行してくる原告車に充分注意することなく漫然と右折を開始した過失が認められ、他方原告には、本件交差点を直進するについて、前方に右折しようとしている被告車を発見しているのであるから、被告車の動静を注視して、減速する等して徐行すべきであるのにこれを怠つた過失が認められ、原告と被告の過失割合は、原告が二割で被告が八割である。

三  損害額(括弧内は原告の請求額である。)

証拠(甲二ないし五、八ない七一三、検甲一ないし三四、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

原告は本件事故により、第四頸椎脱臼、第四腰椎圧迫骨折、左第一、二、四腰椎横突起骨折、左第一二、一一、一〇、九、八、七肋骨骨折、四肢腰部多発性打撲、挫創、外傷性血胸、外傷性頸髄症等の傷害を受け、福西外科病院に平成元年七月四日から平成二年三月五日まで二四五日間入院し、その後国立大阪病院に平成二年三月六日から平成五年九月二七日まで入通院した(入院日数は一一〇日間)。

1  治療関係費(二九万九一八七円) 二九万九一八七円

原告の治療関係費としてコルセット、カラー、文書料などの費用が二九万九一八七円であることが認められる。

2  付添看護費(一五九万七五〇〇円) 二七万九〇〇〇円

原告は、前記傷害を受けたのであるから、少なくとも事故日より二カ月間は近親者の付添看護の必要性が認められ、入院看護費は一日あたり四五〇〇円が相当であるから、二七九〇〇〇円が必要な入院看護費である。

3  入院雑費(四六万一五〇〇円) 四六万一五〇〇円

原告は三五五日間の入院期間中、一日あたり一三〇〇円の割合により合計四六万一五〇〇円の入院雑費の損害を被つたと認めるのが相当である。

4  休業損害(八〇九万七八四七円) 八〇九万七八四七円

原告の休業損害が八〇九万七八四七円であることについて当事者間に争いがない。

5  逸失利益(七八四八万八五四六円) 三九七四万一〇三六円

本件事故による後遺障害として自賠責保険の事前認定によると、原告の傷害は自賠責法施行令二条別表後遺障害等級の六級五号(脊柱に著しい奇形または運動傷害を残すもの)および一二級五号(鎖骨、胸骨、ろく骨、けんこう骨又は骨盤骨に著しい奇形を残すもの)に該当し、併合五級としている(甲ニ)。

治療の経過は、第五頸椎を大きく削除して、腰椎を移植し第四、五、六の各頸椎を固定したが、固定の仕方が悪く頸椎の形状が通常よりやや前屈となり、頸椎の湾曲の角度がきつくなつており、首の湾曲がもつときつくなると、首から下が麻痺する可能性があるので、平成二年一〇月四日に首の曲がりをなおす固定術をしたが、神経のそばを通る骨を削ると神経が切断される可能性があるとして中断された。今後麻痺するようなことになれば、手術しなければならなく、その場合治療期間としては、骨が固まるまでに半年ぐらい、リハビリに三年間ぐらいを要することが見込まれる。

原告の後遺障害の程度は、平成五年三月一一日付け国立大阪病院での診断書によれば、脊柱の運動範囲は、頸部前屈(屈曲)一〇度、後屈(伸展)〇度であり、頸椎前屈変形を残し、長時間の前傾で頸部痛と悪心を誘発する症状であるので、長時間の頸部の前屈姿勢を維持することが困難であり、これを必要とする作業は困難または不能である(甲八)。原告の症状は、平成五年九月一三日に症状固定した(甲一三)。

原告は、事故後約二年経過した平成三年六月職場に復帰したが、原告の仕事は、近鉄入社以来電車の整備点検をする検車係であつたが、復職後は、資材係に配属されている。

原告の収入については、復職後も従来通り支給されているが、事故による休職によつて同期入社のものより昇進が遅れており、同期の者との収入の差額は年間一二〇万円ぐらいであり、今後の昇進については後遺障害により仕事の範囲が限定され、そのことにより昇進が制限される可能性がある。

原告の逸失利益については、原告の症状固定時期の収入である平成五年の収入に、前記認定した原告の本件事故による治療の経過、後遺障害の程度、復職後の勤務の状態などからして原告の本件事故による労働能力の喪失割合は四〇パーセントと認定できるので、右認定した割合に症状固定時期から労働可能な六七歳までのホフマン係数を乗じて損害の現価を算定すれば、次の算式のとおり三九七四万一〇三六円となる。

(小数点以下切り捨て、以下同じ)

5510710×0.40×18.029=39741036

6  慰謝料

(1) 入通院分(四五〇万円) 三五九万円

原告の入通院の経過からして、慰謝料は三五九万円が相当である。

(2) 後遺障害分(一二五〇万円) 一二五〇万円

後遺障害慰謝料は一二五〇万円が相当である。

7  小計

以上原告の損害額合計は六四九六万八五七〇円である。

8  過失相殺

前記認定したとおり、原告と被告の過失割合は、原告が二割で被告が八割であるので、損害額合計を右割合で過失相殺すると損害額は五一九七万四八五六円となる。

9  損害填補

原告が、自賠責保険から後遺症補償金として一三七一万円、治療関係費として二九万九一八七円、休業損害として八〇九万七八四七円の合計二二一〇万七〇三四円の支払を受けたことについては当事者間に争いがないので、右金額を損害の填補として差し引くと残額は二九八六万七八二二円となる。

四  弁護士費用(五〇〇万円) 三〇〇万円

弁護士費用については、事案の内容、審理経過、認容額等を考慮し三〇〇万円を相当とする。

第五結論

以上によれば、原告は被告に対し、金三二八六万七八二二円及びこれに対する平成元年七月四日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるので主文のとおり判決する。

(裁判官 島川勝)

事故現場見取図

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例